悩みがある時に人は「幸せになりたい」と曖昧に言う。
では、その幸せとは、どんなものか?
苦労したくない。
傷つきたくない。
失敗したくない。
つまり、「幸せになりたい」というより、
「つらいことのない人生が欲しい」ということだったりする。
私は、ここには少し不思議な現象があると思っている。
苦労を知らない人ほど、苦労を怖がる。
もちろん苦労が好きな人なんて、そう多くはない。
できれば避けたいし、面倒なことも起こらないほうがいい。
でも、実際にいくつかの苦労を経験してみると「苦労」というものが、
それほど一括りに恐れるほどのものではないことも分かってくる。
失敗しても、死ぬわけではない。
恥をかいても、案外そのうち忘れる。
仕事を失っても、別の仕事を探すことはできる。
もちろん取り返しのつかないこともある。
だから「苦労なんて大したことない」と言いたいわけではない。
ただ、経験したことのない苦労は、想像の中ではいくらでも大きくできる。
そして、苦労を避けることを「幸せな人生」と考えるようになる。
失敗しないようにする。
傷つかないようにする。
嫌なことが起きないようにする。
そうやって人生から苦労を取り除いていく。
同時に、いろいろなものを諦めながら生きていく。
やってみたいことをやらない。
知らない場所へ行かない。
人と深く関わらない。
失敗する可能性のあることには手を出さない。
そうすると、確かに苦労は減る。
でも、人生そのものも小さくなる。
ここが、ちょっと皮肉なところだ。
幸福というものを、「苦痛のない状態」だと考えてしまうと、
幸福になるための経験まで避けてしまう。
でも、本当にそうなのだろうか。
何かを成し遂げることも、
新しいものを知ることも、
誰かを大切にすることも、
多少の面倒や不安や失敗を含んでいることが多い。
だから私は、
幸福とは「苦労がないこと」ではないと思っている。
苦労を避けるために生きるのではなく、
自分が欲しいもののためなら、
どんな苦労なら引き受けられるのか。
そこを考えてみるといいだろう。
