私は長年、人を見てきて思うことがある。
人生には、お金とは別の「借金」が存在するのではないか。
これは、20年以上も人を観察してきた私が辿り着いた一つの仮説である。

他人を一方的に利用する。
他人から搾取する。
他人を虐げる。

私は、このような事柄が「人生の借金」になると考えている。

そして、それらの借金には返済のチャンスが訪れる。
日常の中で様々な問題が生じる時だ。
ところが問題が起きても向き合わず、
その場をやり過ごそうとする人がいる。

嘘で誤魔化す。
責任を転嫁する。
見ないふりして放置する。

一つひとつは、ほんの些細なことである。
だから本人も「このくらいなら大丈夫だ」と考えてしまう。
しかし、その小さな選択の積み重ねが
人生の借金を返済しないという行為なのではないかと私は考えている。

借金は返済しなければ利息がつく。
人生も同じなのではないだろうか。
向き合わなかった問題は消えない。
形を変え、場所を変え、何度何度も人生に現れる。

そのとき向き合えば、それで返済終了となることもある。
しかし、また逃げる。
また先送りする。
そうしているうちに、人生の借金は雪だるま式に膨らんでいく。

私は、このような人を何人も見てきた。
最初は小さな問題だった。
しかし年月を経るにつれ、人間関係、仕事、お金、家庭、健康。
様々な場面で問題が重なり始める。

そして、不思議なことが起こる。
現実的に説明することは難しい。
超常現象と言われれば、それまでなのかもしれない。

人生の借金を抱え続けた人ほど、
まるで運に見放されたかのように、
チャンスそのものが人生から姿を消していく。

私は、この現象を何度も見てきた。
今では、因果は巡るのだと思っている。
もちろん、証明できる話ではない。

それでも、この20年以上の観察から気づきを得た私は、
自分自身の生き方を変えた。

誰かを利用しない。
誰かから搾取しない。
誰かを傷つけたなら、そのままにしない。
自分が蒔いた種は、自分で回収する。

その方が正しいからではない。
運が良くなる保証があるからでもない。

ただ、長年人を見てきた私には、
人生の借金を抱えた人ほど
運に見放されていくように見えた。

これは、20年以上人を見続けてきた私の結論である。

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