今どき、根性論なんてダサい! という時代だ。
そんな時代に、私は昭和生まれの根性論の権化のような人生を送ってきた。
貧乏だろうが、仕事がなかろうが、何とかする。
できないなら、できるようにすればいい。
実際、それで何とかしてきた。
30歳過ぎてグラフィックデザイナーからWEBの世界に転職し、
32歳で東京へ出て就職、その後会社を辞めて独立。
会社を立ち上げ、気がつけば年収1000万超。
ほらね、やればできるじゃないか。
その頃の私は、自分に万能感さえ持っていた。
いや、正確に言えば万能だと思い込める程度には、
根性で何とかしてきたのだ。
ところが、人生はそう甘くなかった。
病気をしたのである。
「私なら、まだまだ行けるはず」
頭の中では、仕事をする気満々。
ところが、身体がついてこない。
「えっ? ドクターストップかかってる?」……なんでやねん。
いや、こっちはまだやれると言っているのだ。
身体のほうが勝手に店じまいを始めている。
どうやら、私の根性は身体に対して、
絶対的な権限を持っていたわけではないらしい。
当たり前である。
そんなことも知らずに、私はずいぶん長いこと、
自分の意志さえ強ければ何でもできると思っていた。
もちろん、根性が悪いわけではない。
努力しなければ手に入らないものはあるし、
踏ん張らなければ越えられない壁もある。
私自身、根性があったからこそ手に入れられたものは多い。
ただし、根性にも管轄外の仕事がある。
そこを知らずに何でも根性で解決しようとすると、
無駄に消耗することになる。
自分の弱さを認めるのは、負けを認めることではない。
自分には何ができて、何ができないのか。
それを知ることは、次の手を考えるための材料になる。
できないことを無理やりできるようにするより、
できないことを前提に、どうすれば目的を達成できるかを考える。
そのほうが、よほど賢い。
私は今でも、根性論を捨てたわけではない。
ただ、自分が万能ではないことくらいは、認めるようになった。
もっとも、根性論の権化である。
気を抜くと、すぐに「私なら、まだまだ行けるはず」と考え始める。
長年染みついた習性というのは、なかなか手強い。
だからこそ、弱さを知っておく必要があるのだろう。
自分の弱さを克服するのは、自分を自由にすること。
何でもできる人間を目指すより、
自分の扱い方を知っている人間になる。
そのほうが、長く戦える。
……というわけで、根性論の権化からのおすすめである。
皆さんも、たまには自分の限界を確認してみてはいかがだろうか。
私は病気になるまで、確認する気がなかったけどね。
