私は、自分のことを「人生のロッククライマー」と呼んでいる。
でも、人生を冒険してきたつもりはない。
周囲からは、
好きなことをやって自由に生きている人だと思われているらしい。
亡くなった母もそう思っていた。
グラフィックデザイナーからWEBの世界へ移り、
東京に出て就職、その後、会社を辞めて独立。
そして、会社を立ち上げ、その後は占い師になった。
経歴だけを見れば、
ずいぶん自由に生きてきたように見えるのだろう。
ところが、本人の認識はまるで違う。
私の人生には、いつも道が一本しかなかった。
つまり、いつも選択肢はなかったということなんだ。
何も装備を持たずに始まった私の人生は、
最初からまぁまぁ険しい山道だった。
それでも道が続いているうちは歩いていける。
ところが、ある日突然、目の前の道が途切れる。
前方は断崖絶壁。
途方に暮れて立ち止まっていると、
今度は後方の歩いてきた道が崩れ始める。
慌てて周囲を見回すと、目の前に道案内の標識があった。
『助かった。道がある!』そう思って標識を見る。
……矢印が垂直を指している。
えっ?
登るの?
ここを?
装備もないのに?
人生の標識って無茶振りなの?
もう少し親切に設計できなかったのだろうか。
しかし、ほかに道はなさそうだ。
登るか、死ぬか。
これが人生の選択肢だというなら、登るしかないでしょう。
こうして、私のロッククライミングが始まる。
登っている最中、私は考える。
今度こそ、頂上かもしれない。
いや、頂上でなくてもいい。
せめて、オアシスかお花畑くらいはあるはず。
そんな期待を抱きながら、必死に登る。
そして、ようやく登り切る。
……ところが。
そこにあるのは、また山道である。
オアシスも、お花畑もない。
まあ、いい。
とりあえず歩けるのだから。
私は再び、細い山道を歩き始める。
しばらくは、何事もなく歩いていける。
このまま道が続いてくれればいいのに。
そんなことを思いながら歩いていると、
また突然、道が途切れる。
……またですか。
こうして私は、何度も崖を登ることになった。
もちろん、自分から冒険に出た記憶は一切ない。
冒険家なら自分で行き先を選び、
危険を承知で山に入るのだろう。
私の場合、山に入った覚えすらない。
ただ目の前の1本道を歩いていただけなのに、
気がつけば垂直の岩壁を登っている。
こんな理不尽な設定を生きてきたのに、周囲からは
『自分の好きなように生きている人だ』
と思われているのだから、ずいぶん不思議な話である。
けれど、長年ロッククライミングを続けてきて、
ひとつだけ言えることがある。
何度も崖を登ったおかげで、山道を歩いているだけでは
絶対に見れなかった景色を見ることができた。
あの崖を登らなければ出会わなかった人も、
知ることのなかったはずの世界も見てきた。
だからといって、
ロッククライミングなんてしたくはなかったけど。
さて、これからの人生はどうなるのだろう。
今までの経験からすると、あまり楽観はできないと思う。
ただ、もう十分に登ってきたのだから、
そろそろ平坦な道を歩かせていただきたいものだ。
人生のロッククライマーの切実な願いである。
できれば次の標識は水平を指していてほしい。
オアシスか、お花畑があれば、なおよし。
