人にとって、愛は幸福と深く結びついている。
しかし、多くの人は、愛の重要性を『愛されること』の中に見出そうとする。

もっと愛されたい。
もっと大切にされたい。
もっと理解されたい。

それは、ごく自然な願いである。
だが、不思議なことに、愛されることを求めれば求めるほど、人は愛に飢えていく。

もっと。
もっと。
もっと。

渇望感ばかりが大きくなる。
私は長い間、その理由が分からなかった。
しかし、長く生きてきて、一つのことに気がついた。

人を幸福で満たしているのは、人から与えられる愛ではない。
それは、自分の中にある『愛』そのものなのだ。

猫を愛する。
家族を愛する。
仕事を愛する。
誰かの幸せを願う。

その時、人は不思議なほど満たされる。
幸福感を生み出しているのは、相手ではない。
自分の中から湧き上がる愛そのものなのだ。

そして、もう一つ気づいたことがある。
自分の内に『愛』のない人は、人からの愛を感じることが出来ない。

どれほど愛されても、
どれほど大切にされても、
どれほど優しさを向けられても、
心が満たされることはない。

まるで、底の抜けた器に水を注ぐようなものである。
これは、誰かを責める話ではない。
人は、自分の内にある愛を知ることによって、
初めて外からの愛を感じ取ることが出来るのだと思う。


愛の重要性とは、愛されることにあるのではない。
愛することにある。

愛する対象が増えるほど、
愛情が深まるほど、
人の心は豊かになり、
幸福感に包まれていく。

どうやら愛の威力とは、
愛を持つ者の心を幸福で満たすところにあるらしい。
そんなことを、長い年月をかけて知ったのである。

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